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Category:例会

10月第283回例会のご案内

開催日 08.gif 平成27年10月3日(土) 開場 08.gif 13:00
会場 08.gif 穏田区民会館 開会 08.gif 13:30 終了予定16:30
会場整理費 08.gif 500円

※ 午後時間の開催です。

発表者と演題
(前半)08.gif  小野 浩(おのひろし)氏
草野心平と宮沢賢治
 「賢治発見、賢治紹介の先駆け」であった草野心平。イーハトーブセンターでは2001年6月~12月に企画展「賢治研究の先駆者たち(1)草野心平展」が開催されました。その前々年(1999)7月にいわき市立草野心平記念文学館にて開催した宮沢賢治展(賢治と心平)を担当しました。展示構成は「賢治がいた場所」「賢治にふれる」「賢治と心平の交流」「賢治と心平が響き合う」。展示監修は入沢康夫氏にご指導頂きました。
 本発表では「賢治と心平の交流」を中心に、その後の資料を追加し「賢治作品の初期の読者、共感者、研究者、評論家、発信者」としての心平について紹介します。
 賢治の『春と修羅』が、心平の旧制中学校の後輩により心平留学先の中国嶺南大学に届くのが大正13年(1924)8月、ここから始まる二人の交流。同人誌「銅鑼」への同人勧誘、賢治没後の「宮沢賢治追悼」、『宮沢賢治全集(文圃堂)』の編集刊行。同人誌「歴程」では賢治を物故同人に、以後賢治全集の編集、研究の中心人物まで。
  (いわき市暮らしの伝承郷館長)


(後半)08.gif  大沢 正善(おおさわまさよし)氏
「宮沢賢治とアレニウス」

 宮沢賢治の宇宙観を知るためにはアレニウスからの影響を考えないわけにはいかない。アレニウスはスウェーデンの物理学者、天文学者であり、大正期に『宇宙発展論』『宇宙創成史』『最近の宇宙観』が訳出されていた。賢治は「一九 晴天恣意」に「白くまばゆい光と熱、/電、磁、その他の勢力は/アレニウスをば俟たずして/たれか火輪をうたがはん」と記したにとどまるが、影響は「銀河鉄道の夜」などにすでに何点か指摘されている。三著をたんねんにたどって影響のありようを考察したい。
 まず、「銀河鉄道の夜」中の「牛乳」や「穴」や「エネルギー」との符合、「ポランの広場」中の「Xといふ字の形」の天の川と二星流説の類縁、地球の火山活動や大気現象への関心という共通点などを指摘したい。その上で、当時のデータと理論を動員しながら宇宙と地球を統合的に理解してゆくアレニウスの積極的なヴィジョンと、「銀河鉄道の夜」第三次稿に登場する「ブルカニロ博士」のヴィジョンの類縁を提示したい。科学的素養のない者の蛮勇ゆえ、ご批正願いたい。
 (岐阜聖徳学園大学教授)

8月第282回例会のご案内

開催日 08.gif 平成27年8月1日(土) 開場 08.gif 17:30
会場 08.gif 千駄ヶ谷区民会館 開会 08.gif 18:00 終了予定21:00
会場整理費 08.gif 500円

※ 夜時間の開催です。

発表者と演題
(前半)08.gif  杉浦 静(すぎうらしずか)氏
「青木大学士の野宿」の草稿はいつ転用 されたか?
 2015年の6月例会では、入沢康夫さんが「セロ弾きのゴーシュ」原稿解読の思い出」と題して、校本宮沢賢治全集編集の際の、ゴーシュの原稿解読のなかでの発見や驚きを、実際の草稿を示しながら語って下さいました。大変楽しく、驚きを共にしながら聞いていたのですが、最後の所で、入沢さんは、「セロ弾きのゴーシュ」の草稿のなかには、「銀河鉄道の夜」や「風〔の〕又三郎」の場合と同じように「青木大学士の野宿」の裏が転用されているものがあるとして、コピーを示されました。見ると、それらは鉛筆で書かれ、ブルーブラックインクで手入れされているようでした。新校本全集を持って行っていたので、校異篇十一巻を見たら、確かに「銀河鉄道の夜」にも「風〔の〕又三郎」にも転用されており、それらは、第一形態がともに〈黒インク〉で記入されているとも書かれていました。校異を見ると、裏返しに置かれていた「青木大学士の野宿」の反故原稿を、「風〔の〕又三郎」「セロ弾きのゴーシュ」「銀河鉄道の夜」の順番で転用していったらしいのですが、どうして最初と最後は黒インクなのに、中間の「セロ弾きのゴーシュ」は鉛筆で書かれたのでしょうか。賢治は、時期ごとに大体同じ筆記具を使っています。こんな不規則なことがなぜ起きているのでしょうか。これが宿題として残された問題です。ここから拡げて考えてみたいと思います。
  (大妻女子大学教授)


(後半)08.gif  桐谷 征一(きりやせいいち)氏
日蓮聖人の大曼荼羅と宮沢賢治

 宮沢賢治において、法華経および日蓮聖人(鎌倉時代、1222-1282)に対する信仰の存在は周知のこととして、もう一歩、その心奥にある〝秘められた世界”に踏み込んでみたい。
 「雨ニモマケズ」詩の後ろに付されたマンダラを含め、「雨ニモマケズ手帳」には賢治の書いた五点のマンダラが残されている。それは、いわゆる日蓮の大曼荼羅の簡略形に相当するものであるが、日蓮みずからが従来の伝統的なマンダラを超越し革新的な意義をもたせて創作したものであった。とくに日蓮はそれを本尊と定め門下、信徒に普及せしめたが、しかし、その本尊たる真の意義に気づく人は歴史的にも稀有である。
 しかし、賢治の残したマンダラを仔細に点検するとき、彼の大曼荼羅研究すなわち換言すれば彼の法華信仰の内容は、いわゆる一般に取り上げられる単純なあるいは表層的な法華信仰とは片付けられないレベルに達していたことが諒承されるだろう。私は日蓮が大曼荼羅に託して発信した祈りを、賢治は実に、650年の時空を隔てて正しく受信した歴史的な存在だったと考えている。
 賢治の文学および人生には、難解な言語表現や謎にみちた奇矯とも感じられる行動が少なくない。一面でそれが彼の大きな魅力ともいえるが、賢治の「マンダラ世界」へのアプローチは隠された多くの謎を解明するてがかりとなり、賢治の魅力をより大きく深く広げるのではないか。
 (1940年、石川県金沢市生まれ。立正大学大学院文学研究科博士課程中退。日蓮宗本納寺前住職、元立正大学大学院非常勤講師、文学博士。)

6月第281回例会のご案内

開催日 08.gif 平成27年6月6日(土) 開場 08.gif 17:30
会場 08.gif 千駄ヶ谷区民会館 開会 08.gif 18:00 終了予定21:00
会場整理費 08.gif 500円

※ 夜時間の開催です。

発表者と演題
(前半)08.gif  中路 正恒(なかじまさつね)氏
 宮沢賢治のポトラッチ---「祭の晩」から考える
 宮沢賢治には贈与について思索が豊かに展開されているように見える。それは一方では献身への意志の問題として(「銀河鉄道の夜」他)、また他方では明確に誰の意志とも言い難く、また贈与として表わされているとも言い難い贈与の問題として表わされている(「虔十公園林」)。だがそのような贈与をめぐるさまざまな問題の中の目立たない位置に作品「祭の晩」があるように思う。そこには相手を喜ばせたいという純粋な意志が高まり、ある種の熱狂にいたるさまが描かれている。主人公亮二は「着物と団子だけぢゃつまらない。もっともっといゝものをやりたいな。山男が嬉しがって泣いてぐるぐるはねまはって、それからからだが天に飛んでしまふ位いゝものをやりたいなあ」と考えるのである。この贈与は途方もない。ここには相手を喜ばせたいという意志の純粋性が特筆されるが、また同時に競争的、競覇的な性格も見落とし難い。山男からの過剰な贈与・返礼に含まれる気前の良さに対する関係である。ここにわれわれはマルセル・モースが『贈与論』の中で描くポトラッチの本質的なものを見出す。モースはそれを「競覇型の全体的給付」(prestations totales de type agonistique)として規定するが、全体的給付とは「そのすべてを賭して契約する、つまりその所有するすべての物、そのなす一切のものを賭して契約する」(..le clan qui conracte pour tous, pour tout ce qu’il possède et pour tout ce qu’il fait)ことを意味している。われわれは「祭の晩」の亮二の思考のうちにポトラッチ的な贈与の本質を見出すことができるのではないだろうか。そしてまた、そのポトラッチ的な贈与の熱狂を鎮めるための思索を、賢治の作品の中に探りたい。
(京都造形芸術大学名誉教授、宮沢賢治学会イーハトーブセンター理事)


(後半)08.gif  入沢 康夫(いりさわやすお)氏
 「セロ弾きのゴーシュ」原稿解読の思い出

 校本宮澤賢治全集の編集のために、私と天沢退二郎さんとが、賢治の書き残した全ての詩稿と童話稿に直接当って、賢治の作品の持つ特質の数々に、目を瞠ったのは、1971~75年頃のことですから、もう40年以上の昔になってしまいました。しかし、あの時原稿を見て判明した沢山の新事実から受けた新鮮な驚きは、今も生々しく心に甦ってきます。今回は、その驚きのいくつかを、「セロ弾きのゴーシュ」に話をしぼって、御一緒に再体験してみたいのです。
(詩人、校本・新校本全集編纂担当者)

4月第280回例会のご案内

開催日 08.gif 平成27年4月4日(土) 開場 08.gif 17:30
会場 08.gif 千駄ヶ谷区民会館 開会 08.gif 18:00 終了予定21:00
会場整理費 08.gif 500円

※ 夜時間の開催です。

発表者と演題
(前半)08.gif  栗原 俊明(くりはらとしあき) 氏
 なぜ宮沢清六さんは『風の又三郎』を石の彫刻にしたかったのか?
 1981年3月、花巻市のぎんどろ公園に完成した「風の又三郎群像」は宮沢清六さんからの依頼で制作されたものです。制作に参加した安倍和子、金子健二、寺田栄、そして私の4人は、それまで宮沢賢治についてそれほど関心を持っていませんでした。そのような、美大を出たばかりの何の実績もない私たちが、なぜモニュメント制作に携わることになったのか。そして、なぜ『風の又三郎』だったのか。そのころはまったく考えもしませんでしたが、宮沢賢治について少しずつ知識が増えるにつれ、モニュメント制作に対する清六さんの熱い思いが少しだけ理解できるようになった気がします。制作の経緯を簡単に説明させていただき、宮沢清六さんの業績を再確認したいと思います。そして、皆様からの更なるご教示を賜ればと考えております。
(会員、彫刻家)


平成27年度総会(所要30分)


(後半)08.gif  阿部 弥之(あべのぶゆき) 氏
 宮沢賢治『羅須地人時代』実践とその評価

 花巻農学校を突然に依頼退職して、予てより改築工事をしていた下根子桜の別宅に移り住んで、私塾『羅須地人協会』を立ち上げました。
 1926年4月から1928年8月までの2年4ヶ月間の、ここでの農業実践が農民文学者『宮沢賢治』の評価となっています。
 そこで、この協会で宮沢賢治が何を目指してしていたものか。
 実際に取組んだこととは何だったのか。
 何故、突然、辞めてしまわなければならなかったのか。
 農業実践を中心に、私の、この時代の宮沢賢治評価を発表して、皆さまからの教えをお受け致します。
(会員、宮沢賢治花巻市民の会代表)

2月第279回例会のご案内

開催日 08.gif 平成27年2月7日(土) 開場 08.gif 13:00
会場 08.gif 大妻女子大学千代田校舎本館F棟632室 開会 08.gif 13:30 終了予定16:30
会場整理費 08.gif 500円

※ 午後時間の開催です。
※ 会場は大妻女子大学千代田校舎本館F棟632室です(案内図その2)

発表者と演題
(前半)08.gif  松行 彬子(まつゆきあきこ) 氏
 「宮澤賢治『マグノリアの木』、『インドラの網』の世界における全包括的な生命プロセスの認識」
 宮沢賢治は、西域異聞三部作として、『マグノリアの木』、『インドラの網』、『雁の童子』を、生前未発表作品として遺した。これらの三部作は、宮沢賢治に関する研究者にとっても、少なくとも大乗仏教の教義に関する認識や理解を必要とするため、作品の解釈をするうえで難解な作品群とされている。本講演では、西域三部作のうち、特に『インドラの網』および『マグノリアの木』を取り上げ、生命プロセス主義に基づく有機体論的システム論の視点から、時空を超えた宮沢賢治の全包括的な世界観の本質的な内容とは何かについて検討する。
(会員、東洋大学現代社会総合研究所客員研究員、嘉悦大学経営経済学部元教授、学術博士)


(後半)08.gif  森 義真(もりよしまさ) 氏
 賢治の啄木意識

 宮澤賢治は、盛岡中学校で11年先輩の石川啄木に直接会うことはなかった。
 一般的に、賢治の文学的出発は明治43年12月に発行された啄木歌集『一握の砂』の影響からくる、「明治44年1月より」の短歌制作から始まった、とされる。
 そうした点だけではなく、啄木にあこがれて盛岡高等農林に入学した保阪嘉内との交友、啄木の親友で恩人でもあった東京本郷森川町の金田一京助宅訪問、啄木の第一号歌碑建立に向けた東京啄木会への入会など、賢治が啄木を意識しての行動がある。
 それらを例示しながら「賢治の啄木意識」はどういったものであったのかについて 論じたい。
(会員、石川啄木記念館館長)